詰将棋についての質問です。
指し将棋の終盤には決して現れないような駒の配置の詰将棋は何の役に立つのですか。
作者の自己満足ですか。
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詰将棋を将棋の上達のためにする人は、詰めの手筋を身につけることと、手を正確に読む練習のためでしょう。
同じ問題がでてくると思っている詰将棋を解いたり覚えたりする人は珍しいのではないでしょうか。そんなことやっても効果ありませんよ。参考になるのは詰手筋だけです。
また、作る人のほとんどが、回答者を困らせるパズルとして作ると思いますよ。将棋の練習問題としてではなく。
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指将棋を始めとするゲームに勝つ事自体が、自己満足の世界ですから、意味のない質問と思います。
将棋やゲームやパズルが、何に役に立つのかは、個人により異なります。
パズルを好む人に、数学系の人が多いのも、興味と好奇心と、柔軟な発想力のトレーニングのようなものです。
他人の役に立つ事を求めてはいない場合がほとんどでしょう。
自己満足ではなく、自己好奇心でしょう。
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確かに詰め将棋のような局面に巡り合うことは稀です。
しかし詰め将棋を解くと頭の中の想像力(もうひとつの盤面)が広がります。そして、読みの精度も向上していきます。
とりわけ早指しでは読みの速さが求められるので、早指しに挑むなら詰め将棋を多く解きましょう。
そういう私は早指しが苦手ですが…
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自己満足かもしれませんね。
いずれにせよ、手を読むことになるので、読みの力の勉強になると思います。
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中には「実戦型詰将棋」と言って実戦に現れそうな形をした詰将棋
(作り手として塚田正夫名誉十段が有名)もありますが、
今では「詰将棋=実戦の延長」ではなく、
「玉を詰ます事に特化したパズル」と考える人(作家)が多いです。
そのため実戦では非現実的な駒の配置が詰将棋ではよく見られます。
なので、穿った見方をすれば「作者の自己満足」とも解釈できます。
とは言え、「玉を詰ます」という最終目的は同じである為、
そういう詰将棋でも「手筋・妙手(捨て駒や中合など)」の勉強となったり、
「読む力(速さ・深さ・正確さ)」の訓練として用いられたりします。
反対にいかに実戦型でも「持ち駒を適当に打っていけば誰でも解ける」ような詰将棋は
「作品」としても「教材」としてもほとんど価値がありません。
そういう作品を詰将棋用語では「詰む将棋」と言ったりします。
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